去年からずっとnoteで書いてるんですけど、よく読まれる記事、たまに売れる記事は、ネガティブなタイトルや批判的な内容の記事だったんです。
誰かを批判している記事とか、うまくいかなかったことを書いた記事とかばかり。
本当に伝えたい大事な話は、アクセスが伸びない。
ネットの怖いところですね…。
人はどうしても、人の不幸が好きなんだよね。
もしくは適度に不安をあおってあげたほうが、見てしまうもの。
他の人の記事を見てても、卑屈な内容のほうが受けるんだよね。
例えばパワハラされたとか、自分のダメさを書いてる記事とか、そういう記事はアクセスも伸びてるし、いいねもいっぱいついてる。
YouTubeもそうですもんね。
不安をあおったり、なんとなくネガティブな内容じゃないと伸びない。
だけど私、そういうのを書くのが嫌なんです。
だって…変なことを書いても、同じレベルの人が集まってきちゃうことを知っているから。
同じように不満を抱えた人間と仲良くなって、現実がおかしくなっちゃうんです。
かつてアメブロでそれを経験してるから、誰かを批判したり自分を卑下したり…っていう記事をあまり書きたくない。
自分の中で得た生産的な気づきだけを書いていたい。
そのほうが現実がうまく回るから。
ネットのエネルギーって本当に怖いんです。
ネットにのせるだけでも、その文章自体に現実化の力と拡散力が宿って、自分に思いっきり帰ってきちゃうんですよ。
だから私はネガティブなタイトルを一切つけないし、出来るだけ中立だし、かなり気を使って書いているんだけど…そうすると誰も読まないっていうね。
まあいいんだけどさ。
なんなら「いいねボタン」を消したいくらいだし。
でも例えば今こんな闘病をしていますとか、うまくいってないですとか、そういうしんどいことを吐き出す日記は、やっぱり受けるんだよねえ…。
私はどうしてもそういうのを書く気になれないせいで、どれだけ書いてもパッとしないし、世間には受けません。
最近はnoteにも疲れてきた。
以前は有料記事も出していたけど、結局誰かを批判したりネガティブな要素が入ってないと、あまり売れないことに気づいたから、今は新しい有料記事は出してません。
もちろん単に批判するだけじゃなく思いっきりフォローも入れてますが…人は本当に、人の不幸やネガティブに惹かれるんだなと痛感しましたね。
最近こんな気づきがあって、こういう部分に感謝してるとか、こういうことがあったけど結果的に自分のためになったとか、生産的な話はネットでは受けないんです。
まあそれでも書くのが好きだから書いてるんだけど…気持ちを吐き出すだけの落書きみたいな記事のほうが、人様には受けちゃったりするんだよなあ…。
私も昔はそういう記事を書いて人と交流していたし、顔が見えないネットの世界でしんどい胸の内を吐き出したい気持ちはよく分かるけど、正直良くないことだと思うんです。
そこでエネルギーが滞って、余計現実が悪化しちゃうから。
同じ悩みを持つ者同士が集まっても、あまりいいことはないんです。
むしろネガティブなエネルギーが渦巻いてかえってしんどくなっちゃう場合が多い。
同じ悩みを抱えた人間は傷の舐めあいを始めてしまうからですね。
だからあまりネガティブなことを書きたくないんだよね。
弱みを見せるとしても、必ず救いがある内容しか書かないようにしてます。
どうせ書くなら誰かが楽になって気づきを得られる文章を書きたい。
なんかもう、書く場所はどこでもいいと思った。
ここでもまた書こうと思うし、一時の文章ではなく末永く残るものを残していきたい。
今だけの快楽を求めるならいくらでもネガティブな文章を書いたらいいんだけど、私にはそれは出来ないからなあ。
だからもう売ろうとか読まれようとか、そういうことは一切考えないことにした。
なるべくいいエネルギーをネットに載せていきたい。
それが結局は自分のためになるから。
まあ単に書くのが好きだから書いてるんだけどね。